秋の夜長シリーズ第4段『ピカソ』
皆さんこんにちは。
日毎寒くなりますが、体調崩してませんか?
今日は10月1日、いろいろな意味で新たな
取り組みが起こる日ですね。
企業の統合・合併、制度変更等・・・・・・・
私の秋の夜長シリーズも第4段
まで来ました。申し遅れましたが、わたくしDr.トランプでございます。
今回は『ピカソ』・・・・・・・・
たくさんの作品に対しいろいろなウンチクが多く、
ファンも多く、各自主観合戦状態のブログをよく読みます。
そのな人気作のブログを、お前もか・・・・・・と思われるかもしれません。
しかし、今週末(10月4日)から六本木は国立新美術館にて
『巨匠ピカソ愛と創造の軌跡』と謳い、所蔵品多数の
展示を見学に参ります関係で、今回の記載にさせていただいた。
今回と来週の2回に渡りお贈りいたします、『ピカソ』に関するわたくし
Dr.トランプの主観を述べさせていただきます。
パブロ・ピカソ・・・・・1881年~1973年の35年前まで生存されておりました。
91歳の生涯において彫刻も含め4万点以上の作品を残されております。
一般人的には、青年期・壮年期・晩年のような表現をして大別するのが
通常ですが、ピカソは幼少期から英才教育を受けたサラブレッドである。
父親の職域が画家として成長したピカソだけに、その開眼が早かったのでしょう。
変化と発展の画家、一つの様式に捉われない画風に対し、現代人の
変化に対する恐怖心を嘲るかのような生涯活動に憧れをもちます。
その画風変化に対し、何事にも信じることができなかった『青の時代』
1901~1904の作品がこれ・・・・・・・『貧しい食事』

または『アイロンをかける女』

友人の自殺や裏切りに人生閉塞を醸し出す画風を感じますでしょうか??
そのような底辺の時期を過ぎてゆくと、やはり生活も対人関係も
徐々に良くなるもので、『薔薇色の時代』1904~1907を迎えてゆく。
パリ、モンマルトルの丘に居を構え、オリビエや様々な女性遍歴を
醸し出した時代の作品がこれだー・・・・・・『曲芸師の一家』

このような遍歴をたどり、ピカソの象徴的な画風である『キュビズム』の時代1907~1916
に入るのです。カラフルで変形した人間や動物を描き、創造性を醸し出す
画風に民衆に支持されたのでした。

特にこの時代の有名な作品として『アビニョンの娘たち』があります。

このような時代から、がらりと画風が変わる新古典主義に1918~1925・・・・・
人物の表現や情景をゆったりと描き、一回り大きな成長を感じる画風にまたは
制作物に感じる。
その後、シュルレアリズム1925以降・・・・に変化。ピカソ独特の画法を生みだしていった。
そんな最中、第一次世界大戦時、ナチス・ドイツの標的になったスペインが
ひどく抑圧されていた時代の絵画として特に有名な『ゲルニカ』ですね。

白黒・グレーでの色使いに、表現された素材は悲惨そのもの、ドイツ軍に対する
抗議表現をしっかりと描かれた作品ですね。前回のフランス軍に対するゴヤの『巨人』に
似たシュルレアリズムを感じます。
箱根の彫刻の森美術館でレプリカを拝見したとき、リアル大のあまりの大きさに圧倒されました。
実物を生涯1度見てみたい。
ゲルニカ風刺画をドイツ軍に見つかった折の有名な言葉に、『これは君の仕業かね??』
と兵士が指摘すると、ピカソは『いや、これはあなた方の仕業だよ』と答えたという。
兵士に少しも臆せず主事主張を言わせた背景は何でしょうか?
俗に、ピカソ画は難しくて解らない・・・本当は下手なんでは???
という衝動をみなさん持ったことないですか?
修業時代から青・バラ・そしてキュビズムを経て、オーソドックスな古典主義にも入り
すべての素材をこなした結果のシュルレアリズム・・・・・
きっと当たり前の情景や見に見えるものは、素直に表現することを超越した画家・・・
だからこそ天才と言われるのでしょうね。
特に、キュビズム時代の作品は大変難しい。
実際の作品をスペイン、に行ってみてみたい。
ピカソ博物館
そう思ってやみません。
私はピカソの生涯を通して、変化の大切さ、変革の必要性を強く感じ、
時代の先端・・・・いや時代の前を想像し未来に向かってゆく決心がついた。
未来に向かって自らの目的を全うする行動を未来からの逆算で達成させてやる。
みていろ日本経済・・・・・ぶちのめしてやる。
最後に・・・・・・今週末からの国立新美術館でのピカソ所蔵品を見てきますのでご期待ください。
また来週・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Dr.トランプ 2008年10月1日
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